私が減薬を知るまで

20年来、身体の不調に悩まされていました。30代前半までは気合と根性で乗り越えていましたが、ここ数年は年齢的なものだけで無く、疲労の蓄積もあり限界に限りなく近付いていました。もともと、子供の頃から痩せ型、虚弱体質で有ったため、元々の体質なのかと思い気付くのが遅くなった点もあります。

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私は、2019年1月にベンゾジアゼピンの功罪について知りました。その経緯を記したいと思います。

すでに、2018年12月には体力も気力も尽き果ててダウンしていました。印象に残っているのが、年賀状に宛名も印刷できているのに、手書きの一言コメントを書く力すら残っておらず、結局、未投函のまま置き去りになってしまったことです。大したことではありませんが、その他のできないことも重なって情けなく感じてもいました。特に、お墓参り、親戚回りなどもできなく、この他の恒例行事も年を重ねるごとに「昨年まで出来ていたことが今年は出来ない。」という様なことばかりでした。

私は、2002年に入社した会社を2005年1月に退職をしましたが、その際は猛烈な身体の怠さ→心療内科→副作用で余計怠くなる。の悪循環に陥っていました。

それから、だましだまし、2019年まで身体を酷使してきましたが(アラームは常に鳴っていましたが責任感だけで乗り越えていました)いよいよ、2019年1月に二進も三進も行かなくなりました。

ここでベッドの中で『ベンゾジアゼピン』『減薬』を知りました。

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2019年1月頭
年賀状を出せないくらい身体がだるい。

1月7日頃
昨年頃から友人にもこの怠さを訴え、髄膜炎では?と言われたりもしていました。
私個人的には、2005年に光の眩しさだけで無く、過労から身体の鉛の様な怠さ(箸も持てないくらい身体が重い)の経験もあり、慢性疲労症候群を常に視野に入れていました。うつ病やその他の疾患の知識はありましたが、ネット上には情報が少なく、また医者の理解も無く、ベッドで寝ていつか来るであろう回復を待つしかありませんでした。


※この2005年の怠さの顛末について。
実家にて自営業をしており、1日30分でも、少し身体が動くときに、仕事の手伝いをしていました。その時はプログラムの作成の仕事でしたが、
寝床で頭の中で予め考えておき、動ける時に、キーボードで入力していました。疲れたら、寝床…の繰り返しです。
このころは25歳という若さも有り、結局、これがリハビリとなり、そこそこの集中力は回復しました。(ただ、今思えばこれは、若さ故の気合で乗り越えたパターンで、現在、その代償は大きく付いています。振り返ると、別のやり方、生き方もあっただろうなととても後悔をしています。)
内科医の先生に慢性疲労症候群に効果があるとされているビタミンBなどを大量に処方をしてもらいましたが、全く効果はありませんでした。

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年賀状も出すのを諦め、ベッドの上で、改めてネットで『慢性疲労症候群』について検索をしていました。その頃、NHKでしていた、慢性疲労症候群の特集番組もあったので、ネットに情報が集まってきているかな。と期待もしていました。

NHK ― 忘れられた病 筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群の患者たちの現実


それより何より、手前5年位の間は最後の気合と根性で乗り越えてきましたが(この間に父親が他界しました)、身体の怠さもいよいよ二進も三進も行かない状態まで来ていました。
また、NHKの特集で発達障害の光や音を過敏に感じる方が取り上げられており、私の光や音の辛さと全く同じ症状を示しており、『ASD感覚過敏』についても関心を持っていました。

NHK ― 発達障害 ~解明される未知の世界~

私が苦手な環境はこの方のシーンですね。私も音と光が苦手で薄暗い部屋が過ごしやすいです。
NHK ― わたしは”自閉スペクトラム症”です


根本解決は既に諦めていました。レキソタンの服用に抵抗が無かったのもありますが、光と音に関しては100%レキソタンで解消はされていたので。

また、その他の疲れに関しては別の理由と思っていました。むしろ、『根性』が足りないのかなと思っていました。

その為、当初の目的は、「いかにレキソタンをストックしようか。」「災害の時や(なんらかの病気で)入院をする際、いかにレキソタンをどう合法的に入手しようか」というのが最大の関心事でした。

『ASD感覚過敏』と『レキソタンの適用』に関連性やエビデンスを見付けられれば、正式に処方されると思いネットで記事を探していましたが、残念ながら、目ぼしい関係性は見つかりませんでした。。

※この時点では、まさかレキソタン(ベンゾジアゼピン)が感覚過敏を引き起こしているとは、露ほども思いませんでした。

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ネットでさまざまな検索ワードを入れて探しましたが、身体がだるい、重いなどで、私の目に止まったのは、
●『線維筋痛症 その悪魔の正体
●上原 善広『【新連載】私的「減薬・断薬」放浪記
の方のブログを知りました。

この二つのブログが私のベンゾジアゼピンへの疑いへのスタート地点となりました。
しかしながら、まだこの段階では、記事に書いてあるような、「さまざまな離脱症状」については共感はあるものの特段の関心はありませんでした。
※私にとっての困りごとは、「光を眩しく感じる目のチカチカ感」でそれを100%解決してくれる薬が『レキソタン』。これだけの繋がりでした。

その為、他のブログなどで記事を見ても、その症状にピンと来る感覚は持っていませんでした。この時点での『離脱症状』という言葉についての認識は、他の向精神薬の全般的な注意書きの通り、「効果が出るまで2週間程度」「服用をやめる際は、漸減させる」程度を知っていましたが、一般の薬の様に「副作用に気を付けてください」くらいのおまじない的な言葉と位置付けていました。


しかし、一気断薬などで味わう、地獄の様な苦しみ。の認識が私には無かったかと言うとそうではありません。私自身も「青空の下の強い太陽の光」「街中のネオンの光のチカチカ」「身体の痒さ」「ソワソワ感」などの辛さは日ごろから感じていたので、その延長に地獄がある事は容易に想像ができました。また、外出時にレキソタンの携帯を忘れた場合などは、チカチカのしんどさで脂汗を流しながら家まで根性で帰ったことも幾度かあったので、これの延長と思うと、ブログなどで記されている様な「地獄の苦しみ」を理解する事も出来ましたし、同時に「『一気断薬』をしたところでその症状には絶対に耐えられないから止めよう。」と思いました。また、一気断薬をし離脱症状を堪えながら過ごしている人たちは、本当に大変な日常を送っているのだろうな。と思いました。

※耐性が付き、常用量での離脱症状が起きていた頃は、連休など予期しない病院の休院日などでレキソタンが足らないことが分かると、必死で家の中を探索して「1錠」でも見つかると神様にお祈りをしたいくらい救われた気持ちです。

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その後、検索の方向を、離脱症状、減薬に替え調べると、私と同様に悩まされている方が多いのを知り、ベンゾジアゼピンと断薬について絞って調べて行きました。

まず、ベンゾジアゼピンと減薬、断薬、因果関係などを時系列で知りたかったため、『線維筋痛症 その悪魔の正体』で紹介されていた『ワイパックス 水溶液減薬・断薬』を片っ端から読み漁りました。

ちなみに、当初、私の症状はベンゾジアゼピンの離脱症状とは思っていなかったので、「ついに謎が解けた!」「原因が分かったぞ!」という様な確信や感動は全く無く、「慢性疲労症候群に有効とされている、メチコバール(ビタミンB12)は手元にない。レキソタンは手元にある。減薬ならすぐに開始できるからやってみよう。」「ダメ(チカチカに効果が無くて)でモトモト!」という位、軽い程度に思っていました。

更に付け加えるならば、「薬(レキソタン)は少ないに越したことは無いよな。耐性が付いて薬の量も増えてきているし、ストックも作れるだけでも御の字だな。」と思っていました。

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キーワードさえ見つかればネットで色々な記事を参照する事ができました。同時に、同じような症状に悩まされている方が多い事にも驚き…というより、「私だけでは無かったのだ。」という安心感の方が勝りました。

数件のベンゾジアゼピン減薬/断薬ブログを見た後、ブログ探索については、一時片隅に置くことにしました。

私の症状もベンゾジアゼピンによる影響とほぼ確実に思われましたが、減薬を始めるとなると概ね2~3年間の期間を要すると見受けられたので、この一本に絞らず、他の可能性を探る意味でも、もう暫く、他の要因についても調べました。

また、ベンゾジアゼピンについては、素人ですが薬学的な観点からもなるべく情報を多く仕入れるようにしました。

主にはWikipediaとなりますが、ベンゾジアゼピンに関わる項目はいくつもあるので、ここに一覧として記しておきます。

※Wikipedia内でもベンゾジアゼピンに関して複数のページが存在するので見落とさない様にして欲しいです。

以下、全てWikipediaへのリンクとなります。

ベンゾジアゼピン
ベンゾジアゼピンの一覧
ベンゾジアゼピン依存症
ベンゾジアゼピン薬物乱用
ベンゾジアゼピン離脱症候群
ベンゾジアゼピンの長期的影響
GABAA受容体

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またこれらを調べていく過程で、理学的にベンゾジアゼピンの作用、離脱症状のメカニズムについても気になりました。

ベンゾジアゼピンのメカニズム、薬全般の作用が体内でどの様に行われているかを知る事で、効率よく減薬を進めることが出来ると思ったからです。
また、薬物動態学での薬物血中濃度の挙動と生業にしている電気回路の挙動は似ているところがあり、理解やイメージをしやすかったのも幸いでした。

私は『レキソタン』に悩まされていたので、レキソタンの挙動について詳しく知りたかったのですが、当初、添付文書だけではまるで理解ができませんでしたが、幸い以下のサイトに詳しく説明されており、大変に勉強になりました。

向精神薬をそれぞれのキャラクターとして擬人化してイラストとして描かれている方のブログですが、薬剤師さんが本職(?)と思われ、擬人化のストーリーの説明から始まって、最後はきっちりと、薬の作用、代謝についても記されています。(擬人化はネタになっているのでしょうが、)

レキソタンは1番目のキャラクターの様で、残念ながら『れきそタン』として詳細を記したページは無く、幸いに『フェナゼパム』と言う薬の説明の中で、レキソタンについて取り上げられています。

鮠乃薬品向精神薬擬人化外伝2:Phazepam

実際に作用を知ったところで、離脱症状の回避方法/低減、には役に立ちませんが、減薬するにあたって薬がどの様に代謝されているかの知識は知っていて損は無いです。

一般的な、睡眠薬や向精神薬の一覧説明は、半減期と強さ、特徴が記されているだけですが、鮠乃薬局さんのページでは、それぞれの薬がその薬に合わせた擬人化(キャラクター化)されているのと、そのキャラクターの物語、更に薬としての説明も書いてあるので、薬の素人にはとても分かり易いです。 ( メイラックスの効果の仕組み(プロドラッグ)は興味深かったです。 )

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今度はこれらの知識を元に、減薬経験者の減薬ペース、体験談などを、エクセルに起こして、私なりに解析をしました。特に、ワイパックスさんのブログはデータ欠損も無く、まとまって記しており大変に参考になりました。私の減薬ペースもワイパックスさんを参考にしています。
※私のブログでも、減薬記録に日付と減薬量を示すことをメインとしています。現時点では、ベンゾジアゼピンの減薬方法について体系的な方法が示されていない様に見受けられますので、後にデータとして使用出来れば良いなと思っています。

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当初、常用量服用での離脱症状が起きていた為、スタートラインに立てるのかどうかの不安もありました。幸いにも、思いついた中での1つ目のアイデア(一度、服薬量を増やして安定させてから減薬を始めてみる)で、減薬の流れに乗れたので、気持ち的にはホッとしている安心感はあります。それでも、「断薬までこぎつけるのだろうか」という不安はありますが、それはその時に考えようと先送り作戦で。

減薬が進めば、身体のしんどさ(具体的には怠さ)が、軽減するかなと思っていましたが、その目論見は外れ、身体は怠くて仕方がありません。(記述時現在は減薬率70%程度:30%分減らせました。)

減薬が原因なのか、もともとの二進も三進もいかない身体の不調(19年年始の様に)なのかは分かりませんが、とにかく体力的に疲れます。

体力的にまだ余裕のあった頃から減薬を始められていれば良かったなと強く思いますが、ギリギリまでの身体の不調があったから、ベッドの上でスマホでベンゾジアゼピン由来の不調を記されているブログに辿り着いたのも、また事実なので、なんとも言えないですね。

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いろいろな症状を疑い、寄り道をしながら、『ベンゾジアゼピン』というものを知ったため、まとまりが無い書き方で申し訳ないですが、後日改めて加筆,修正を致したいとおもいます。

現在の私の減薬状況

現在の減薬状況

更新日: 20年5月27日
※基準は12mg/dayがスタート値でそれを100%と記しています。

先月の状況↓↓

14ヶ月目…

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